読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

非天マザー by B-CHAN

iPhoneの使い方、IT、金融、経済、不動産、保険、ビジネス、音楽、映画、ニュース、自己啓発などを語ります。

信者と呼ばれる人とアンチと呼ばれる人に関する考察

つぶやき iPhone

信者でもアンチでも無いボクが書いてみる

このブログは、iPhoneユーザーであるボクがその具体的な使用感などを書いていますので、ボクがiPhone信者であると思っている人もたくさんいそうですが、過去のエントリーで繰り返し書いたようにボクはどちらかと言えばドライなユーザーです。
今の時点では、商品のメリット指数からデメリット指数を引いた値、これを満足度数とでも言うのでしょうか、それがボクにとって、iPhoneが一番高いのでiPhoneを使っているのであって、この満足度数がさらに高い商品が出れば、さっさとそちらに乗り換える。
そういう風に過去のエントリーであえて強調的に書いています。
つまりiPhone信者でもなんでもなく、単なるドライな1ユーザーです。
おそらく、信者と呼ばれる人は、その商品のメリットを列記し、デメリットを否定します。
一方、アンチと呼ばれる人は、その商品のデメリットを強調するのでしょう。
ボクは信者でもアンチでも無いドライユーザーですので、メリットもデメリットも淡々と列記していくだけです。どちらかに偏ることはありません。
なぜなら、信者になってもアンチになっても、ボクにとって何のメリットも無いからです。
ボクがもしAppleの社員であったり、iPhoneに関連する企業の関係者であれば、信者になったほうがメリットがあるでしょう。
逆に、Appleとライバル関係にある立場であれば、アンチになるメリットはあると思います。
しかし、ボクは不動産金融系の仕事をしていて、ITとかケータイとかとはほとんど関連の無い立場にいるんですね。
ですから、ボクが信者になって「iPhoneはいいよ!いいよ!」とメリットばかり連呼して、他の人がiPhoneユーザーになったところで、ボクは何も得しないし、何も関係ありません。むしろデメリットもきちんと列記してメーカーに改善を促すほうがユーザーとしての利便性が向上してボクにはメリットがあります。
アンチにしても同じです。そもそもボクはすでにユーザーですからアンチではありませんし、デメリットばかり書いてもボクは何も得しません。
ユーザーが商品メリットもきちんと書くことで、Appleはそこを伸ばそうとするし、他のライバルメーカーもそれを取り入れてくるでしょう。
つまり商品開発競争につながり、性能の向上へ向かい、ユーザーにとっては次に買う機種の選択肢が増えるわけです。
だからボクは信者にもアンチにもなるつもりはなく、中立ドライユーザーとしてメリットとデメリットの両方を事実として書いているわけです。
自分にとって、それが一番お得な選択なわけです。
では、なぜ、インターネット上では、よく、信者とアンチと呼ばれる人が出てくるのでしょうか。
中には本当に信者である人やアンチである人もいるでしょう。
しかし、別のケースとして、本人が意図しないでそうなっているものもあります。
これは現実の会話と違って文字ベースでレスポンスに時間差があるインターネットならではの特徴であり、そこに文章力と読解力と推察力のギャップが生じていると考えます。
具体例を挙げてみます。
インターネット上のとあるブログには、iPhoneのデメリットが列記されていました。
デメリットだけが記載されていることに対して、
「このブログ主はただのアンチだ」
と言うとある読者コメントが付いていました。
この断定にこそ、ボクはインターネット上でのやりとりの特徴があると思うんですね。
論理的に考えてみましょう。
とあるAさんがある商品のデメリットを書きました。この場合、いくつかのケースが考えられます。他にもあるでしょう。
ケース1.Aさんは、その商品が好きで使っているが、もちろん欠点にも気づいているので他の人の参考になると思ってそれを記載した。
ケース2.Aさんは、その商品のアンチである。
つまり、状況から推察できるケースは複数にわたるわけですが、上記の読者の人は、ケース1.の可能性を切り捨てていきなりケース2.であると断定してしまっているわけです。
実際に、裁判であれ、企業取引であれ、そんな風に一面的な情報で断定してしまうのは非常に危険なわけですし、おそらく複数の材料から総合的に判断するでしょう。
ところがネット上では、一面的情報→即、断定、というケースが散見されます。
ボクのブログを読んでくれた人の中にも、ボクをiPhone信者だと判断したひとがいるようですが、上に書いた理由により、ボクは信者にもアンチにもなるつもりはありません。つまり、与えられた情報から、それを読んだ人は、事実と異なる結論を導いたということになります。
そして、ここでもまた、その原因について断定的に判断できない事情があります。
つまり、複数のケースを想定すべきだからです。

ケース1.書いた人間の文章力が不足している。
ケース2.読んだ人間の読解力が不足している。
ケース3.読んだ人間の判断力が不足している。

他にもあるでしょう。
ボクがiPhone信者だと思われた理由は、複数考えられるわけです。
こんな風に、複数の原因が考えられるにもかかわらず、どれかのケースに断定されてしまう事例が散見される、それが今のインターネットの特徴の一つだと思います。
ボク自身は論理展開を支持するタイプなので、何とか理論的に結論を導き出せればいいと思っていますが、そこは文字の世界、かつ不特定多数が読む世界、同じ文章を書いても読み手によって結論が異なります。
現実の会話であれば、誤解が発生した時点ですぐに訂正を挟むことも可能ですが、ネット上では時間のギャップが生じますし、そもそも訂正文は読まれないかもしれません。
現実に会って話をすれば同じ意見を持った二人なのに、ネット上では記述ミス、読解ミス、判断ミスによって、争っていたりする。
そんなこともあるんじゃないですかね。
それを思うと、ちょっと面白かったりします。
というか、こんなネタにボクはいったい何を長々と・・・。