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非天マザー by B-CHAN

iPhoneの使い方、IT、金融、経済、不動産、保険、ビジネス、音楽、映画、ニュース、自己啓発などを語ります。

スティーブ・ジョブズのいないAppleはダメだという意見がおかしい理由。心温かい世の中を願う話。

つぶやき

不参加者の評価が上がる風潮

手術


たまには、こんなお話をいかが?
ここに、心臓バイパス手術を3回失敗している医者Aと一度も失敗していない医者Bがいるとします。
どちらに手術を任せたいですか?
という質問をすると、医者Bという答えが返ってきそうです。
「わざわざこういう事を書くくらいなので、実は医者Aが正解だろ?」
と言いたいあなた。
では、その理由を考えてみてください。
考えましたか?
では答え。

実は医者Aはこれまでに心臓バイパス手術を300回行なっていて、そのうち失敗は3回。
医者Bは一度も心臓バイパス手術を経験したことがないので、当然失敗もゼロ。
でも、失敗がゼロだからといって医者Bに手術を任せるのは不安ですよね。
経験値ゼロなんですから。
経験値がゼロなのにも関わらず、失敗という部分だけを見て判断すると、医者Bの評価のほうが高くなってしまうんです。
これ、実は世の中ではよくあることなんですよ。


ワールドカップでPKを外した駒野選手の評価

ワールドカップ


ボクが印象に残っているのは2010年のサッカーワールドカップ。
ベスト8入りをかけたパラグアイ戦。結果論ですが日本は負けました。
この時にPKを外した駒野選手を「戦犯」として批判する人が非常に多かったことが記憶に残っています。
すごく当たり前の話ですが、PKを100%決められる人はこの世に存在しないので、その時に入るか外すかは偶然です。
駒野選手がもし何度もPKを蹴っていれば、そのうちの何本かは入りますし何本かは外します。
他の選手でも同様です。
ここでの疑問は、PKに参加しなかった人よりも駒野選手の評価が下がってしまったことのおかしさについてです。
最初に書いたように、参加しなければ絶対に失敗しません。
参加すれば成功の可能性と失敗のリスクと両方を背負い込むわけです。
なのに、参加した駒野選手は批判され、参加しなかった選手には批判はありません。
失敗というのは参加の結果なので、参加しなかった選手よりはずっと高い評価をすべきです。
医者Aと医者Bの関係ですね。
失敗して大批判されるのなら、最初から参加しないほうがマシということになってしまいます。
駒野選手を批判した人は、要するに、医者Aの失敗を批判してるのと同じですね。
行動した人よりも何もしなかった人の方が評価が高いなんて世の中が正しいでしょうか?
参加した選手は参加しなかった選手よりも監督から高い信頼を勝ち得た選手です。
リスクを負って参加した選手は批判され、参加しなかった、つまりノーリスクの選手は批判される心配がない、なんか変じゃないですか?
確率論的に起こりうる1度のの成否の結果によって大批判を巻き起こした人たちを見て、ボクは同じ日本人として情けないと思いつつ、なんて思考力に欠けているんだろうと思っていました。
目先の出来事でしか判断できないのなら、脳なんていらないんじゃないですかね。


医療ミスも同じ話

医療ミス


休みも睡眠もろくに取れず昼夜交代制で非常にブラックな勤務環境の医者や看護師。
当然、並みの仕事よりもミスも起こりやすいです。
しかし、ミスの部分だけを見て、医療ミスだと大批判するのは正しいことですか?
批判する人はリスクの少ない安全な立場から批判しているだけでは無いですか?
ボクは銀行員でしたが、銀行員は仕事でどんなミスをしても、人が死ぬなんてことはまずありません。
つまりそれだけリスクの少ない(医者よりも責任の軽い)仕事です。
自分はリスクの少ない仕事をしておいて、一方で非常に激務な医者や看護師のミスを批判するなんてボクはしたくありません。
全然環境が違う職場なのに、目先の事象だけで判断するのはアンフェアです。
そんなことをしていると、ただでさえ人手不足で患者受入が難しくなっている病院なのに、さらに医者や看護師が減ってしまい、結局困るのは患者つまりボクたち全員です。
人間なのでミスが起こるのは当たり前であって、単にミスをしたことだけを批判して処罰するような人は、もうちょっと脳を使ってほしいなと思います。
参加している人のリスクを考慮して発言すべきですね。
それが思いやりのある世の中じゃないですか。


ジョブズがいないからダメという一面的な考え

ジョブズ


今のAppleは成長率に陰りが見えています。
勘違いしないで欲しいのは、Appleの業績は今でも絶好調です。
他の企業から見たら、羨ましいほどの絶好調です。
ただし、今までは超超超超絶好調だったので、それと比べると勢いが弱くなっただけです。
まったく不振でも何でもないわけです。
ここでよく聞かれるのが、
「スティーブ・ジョブズがいないAppleはもうダメだ。」
という趣旨の発言。
こんな例え話を考えてみてください。
「毎年、輝かしい成績を残して来たプロ野球選手が、良い成績を残したまま今年限りで引退した。」
さて、このケースの場合は、次の2つの可能性があります。
  • もし来年以降も現役選手を続けたら、まだまだ良い成績を残せた。
  • そろそろ衰えて、来年も続けたら成績は落ちるだろうから、成績が落ちる前に輝かしい成績を残して引退した。
この両者はどちらも可能性がありますが、どちらが当たっているかは、本人含めて誰にもわかりません。
実際に来年もやらない以上は、想像でしか語ることができません。
スティーブ・ジョブズも輝かしい実績を残して引退しました。
それはまぎれもない事実であり、上記のプロ野球選手と同じです。
しかし、その後もずっとAppleの指揮をとっていたら、引き続き輝かしい業績を残したかどうかはわかりません。
スティーブ・ジョブズも過去にはビジネス上の大失敗もしていますから、引き続きAppleを率いていたとしたら、業績が落ちたかもしれません。
逆に、好調を維持したかもしれません。
どちらの可能性もあるわけです。
しかし、スティーブ・ジョブズが引退した時期とAppleの業績に陰りが見え始めた時期が重なったことによって、
「スティーブ・ジョブズがいないAppleはもうダメだ。」
という一面的な考えが出てきてしまうんです。


白髪の話

白髪


2つの出来事が、たまたま時期が重なると、その2つの事象は因果関係にあるのではという思い込みをする人は実際多いです。
以前書いた、白髪の話を読んでみてください。

思い込みという誤解


たまたまタイミングが合っただけなのに因果関係があるように断定するとマズイことが起こります。
例えば、たまたま殺人事件があったマンションの近くを、その時間に歩いていた無関係な人が犯人扱いされるのはマズイですよね。
事件現場の近くをその時間に歩いていたのは、あくまでも可能性の一部に過ぎません。


いかがだったでしょうか。
リスクに立ち向かう罪なき挑戦者が批判され、リスクを負わずに安全な場所にいる人が批判されることも無く「ぬくぬく」と過ごす。
そんな国が生き残れますか?
そんな国が誇りに思えますか?
ちゃんと理論的に物事を考えられる心の温かい世の中になればいいなと思って、この記事を書きました。


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