非天マザー by B-CHAN

iPhoneの使い方、IT、金融、経済、不動産、保険、ビジネス、音楽、映画、ニュース、自己啓発などを語ります。

半信半疑の人のためのスピリチュアル入門/豊川博圭著の感想文

スピリチュアル

 

 

知人経由で豊川博圭さんの「半信半疑の人のためのスピリチュアル入門」を読んだので感想文を書きます。

 

 

 

 

何かを行って、別の何かの現象が起こったのを目の当たりにしたときに、それが因果関係なのか相関関係なのかを混同する人は非常に多いです。

これはボクがこのブログで以前からずっと言っています。

例えば、瓶の中に炭酸水とボールが入っていて、それに手をかざし、手を上に上げるとボールが上に上がっていき、手を下に下げるとボールが下に下がる手品があります。


あれは単に、ボールへの炭酸の付着によってボールが勝手に上下する現象なんですが、それに合わせて手を動かすことによって、まるで、人間がボールを動かしているかのように見せる手品です。

つまり、手を動かしたからボールが動くのでは無く、動くボールに合わせて手を動かすので、知らない人から見たら不思議に見えるんです。

 

知らない人にとっては、手の動きはボールの動きと因果関係があると思ってしまいますが、実際には因果関係は無くて相関関係があるだけです。

ありえ先生の守護霊の話も、現象を目の当たりにした筆者が、守護霊との関係とした方が合理的であると考えていますが、それが因果関係か相関関係かは何の証明にもなっていません。

ただ、ボクはスピリチュアルを否定するつもりも肯定するつもりもありません。

人間には実際に脳があり、脳が思考活動を行っているのは間違いなく科学的事実であり、その科学的活動によって何を信じるかは人それぞれの好みの問題だからです。

実際にこの世に神様が存在しなくても、神様を信じるのは自由ですから。

 

 

ロジカルな演繹法と確率の帰納法

 

 

巻末で、筆者は、演繹的考え方の危険性を語っていますが、その点はボクは筆者の中で矛盾を感じます。

なぜなら、文中にある松下幸之助経営哲学の理論は演繹そのものだからです。

むしろ、演繹はロジカルに説明が付くので説得力があります。

危険なのは演繹よりも帰納法だと思います。

10回中9回実現したから確からしいと言う考え方です。

いずれにせよ、人生の選択の責任は自分にあります。

何を信じるのも自由であり信じないのも自由。

他人が強制する権利はありません。

ボクはスピリチュアルを信じないのは、それが最初に書いたとおり、因果関係と相関関係の問題をクリアしていないのと、帰納的だからです。

自分が乗っている飛行機がエンジンの故障を起こしたときに、命が助かりたいなら、

 

  • エンジンの修理をする
  • お祈りをする

 

ボクなら間違いなく前者を選びます。

前者は因果関係が説明できますが、後者でたまたま助かったとしても、それが因果関係か相関関係かは説明できないからです。

自分の命、誰かの命を救うときに、因果関係の説明が付かないものでムダに命を落としたくない、大切な人の命を守りたい。

そんな気持ちが強いからこそ、帰納的ではなく演繹的に説明の付く選択をしたいのです。

本そのものは読みやすく、あっと言いう間に読み終わりました。

松下幸之助の本は他にも読んだので、あらためて良い学びの復習になりました。