非天マザー by B-CHAN

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著作権の死後50年から70年への延長に反対する理由

死後の著作権

 

 

個人の著作権は、日本の現行法では死後50年で切れます。

あなたが何かを生み出しても、あなたの死後50年で著作権は切れます。

ボクが何かを生み出しても、ボクの死後50年で著作権は切れます。

ボクなんかは自分の死後なんて関係無いので、0年でもいいかなって思うんですが、そこはいろんな思惑があるようです。

人間には欲望がありますからね。

 

ちなみに欧米では死後70年です。

欧米と比べると日本は短いんですね。

で、こんな話が出てきています。

 

yro.srad.jp

 

 

死後50年と言うと、長いと感じる人もいれば短いと感じる人もいますが、そもそも不安定なんですよね。

なぜなら、人間は何歳で死ぬかが決まっていないからです。

 

例えば、西暦2000年に30歳の人が作品を発表したとします。

その人が40歳(2010年)で亡くなれば、著作権は2060年まで。

もしその人が80歳(2050年)で亡くなれば、著作権は2100年まで。

同じ人が同じ時期に作品を発表しても、著作権期間には大きな違いがあります。

その人に30歳のときに生まれた子がいるとしましょう。

すると、前者なら、子が60歳のときに親の作品の著作権が切れます。

後者なら、子が100歳のときに親の作品の著作権が切れます。

こうなると著作権切れよりも先に子が亡くなっている可能性が高いですね。

仮に子が30歳(2030年)のときに孫が生まれたとしましょう。

すると、前者なら、孫が30歳のときに著作権が切れます。

後者なら、孫が70歳のときに著作権が切れます。

 

こう考えると、

 

  • 死後50年なら、子の人生がほぼカバーされる
  • 死後70年なら、孫の人生がほぼカバーされる

 

と考えられます。

 

 

子と孫と親の財産

 

 

著作権期間を延長するかどうかはいろいろ議論があるようですね。

 

著作権と言えばJASRAC。

こんなインタビュー記事がありますね。

 

japan.cnet.com

 

 

JASRACは著作権を守りたい団体なので、死後50年から死後70年への延長に関してはずっと賛成の立場です。

まあ、そりゃそうでしょう。

 

そこでボクがこのインタビュー記事を読んだ上で反論を書いてみたいと思います。

 

まず、欧米が死後70年なのに日本は死後50年なので協調性が失われると言う話。

 

であれば、ボクは言いたい。

ならば、欧米の70年を日本と同じように50年に合わせるよう働きかけると言う考え方がありますよね。

実際、欧米だって以前は50年だったんですよ。

なぜ、日本が譲歩しなきゃならないんでしょうか。

 

 

あと、この部分。

 

どこの国とはあえて名指ししませんが、著作物を軽々しく扱い、その権利を侵害する行為に対しては国民性が問われます。事実、そうした行動をとる国々に対し日本国民も厳しい視線を送っているはずです。それらと同様の目が日本にも向けられる可能性がある、ということを改めて認識してほしいと考えます。

 

これって論点がズレてますよね。これは著作権法に違反するかどうかの話ですよ。

こんなのにはダマされませんよ、JASRACさん。

 

 

これも気になりますねえ。

 

一時期、日本では著作権保護期間の過ぎた古い海外映画作品が安価で販売されていましたが、正直、パッケージの出来を見ただけでも恥ずかしく思いました。中身をみても、音量調整や映像の乱れなど、劣悪コピーそのものでした。やはり、しかるべき業者がしかるべき手続きを踏まずにビジネスをすることで、作品そのものの価値をおとしめてしまう。

 

これも変ですよね。

パッケージの出来の善し悪しは政策の方針や技術の問題です。

だって、もし著作権が生きていれば著作権料が発生するので、それでも作品を販売したいのなら、より一層、コストを削減する必要があるわけですよ。つまり、もっとクオリティが下がる可能性があります。

逆に、クオリティが低ければ著作権者が販売を認めないのなら、そもそも作品が世に出ない可能性があるわけです。

著作権が足かせになって品質が下がるか、販売ができないか。

 

それから、さっき書いたように、著作権期間が延長されると面倒なことが起こります。

例えば、孫が70歳のときに著作権が切れる作品。

これを商品化するばあい、最大で孫が70歳になるまでは許可が必要です。

孫だって一人とは限りません。

70歳に近づけば、孫の健康状態も不安定になります。

それらをすべてクリアして交渉して許可を得て、初めて世に出せるわけですよ。

それこそ膨大な手間とコストがかかります。

そこまでして販売したい業者が現れるでしょうか。

結果として、孫が70歳になるのを待つかも知れません。

しかし、そこまで時間が経つと、もはや、その作品は世間から忘れ去られるかも知れませんよ。

作品にとって、かえって不幸なのでは?

数年前に吉川英治氏の作品が死後50年経過したので、青空文庫などで、非常に気軽に読むことができるようになりました。

 

作家別作品リスト:吉川 英治

 

そのことが、吉川英治のすごさを改めて世に広めているわけです。

実際にボクもどんどん読んでいます。

みなさんもぜひ、三国志など、読んでみてください。

 

 

あと、最後にボクが言いたいのは相続の話。

 

 

ボクは昔から言っているように、たまたま裕福な家庭に生まれた子供が裕福な思いをし、たまたま貧困家庭に生まれた子供がひもじい思いをするのは不公平だと思っています。

親が努力をして大金持ちになるのは大いに結構。ボクも賛同しています。

でも、それは親の努力です。

子供は子供で自分で努力して大金持ちになればいい。

単に運だけで裕福になるのはおかしいわけですよ。

 

そう言う意味では親の作品の著作権で子供がうるおうのはボクは愚の骨頂だと思っています。

 

 

こうやって考えていけば、著作権期間を延ばすことに、どうやっても賛成できないんですよね。

ボク自身も著作権者です。

このブログに書いていることも、Amazonで売っているボクの著書もすべてボクの死後に著作権が切れます。

それは死後70年である必要は無く、50年である必要すらありません。

それよりも、死後すぐに障壁も無く広まってくれる方が嬉しいですね。