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非天マザー by B-CHAN

iPhoneの使い方、IT、金融、経済、不動産、保険、ビジネス、音楽、映画、ニュース、自己啓発などを語ります。

終戦記念日だからボクの考えを書くよ。意見反論歓迎。

ニュース つぶやき

戦争を知らない世代

 

みなさん、こんにちは!

B-CHANです。

 

8月15日です。

終戦から70年です。

 

ボクの考え方を書きます。

と思ったら去年も書いてました。

ほれ。

 

www.b-chan.jp

 

各国との関係で言えば、日本はいつまでも謝罪し続けるのかどうかと言うことが争点のひとつになっています。

 

ボクはね、思うんですよ。

心が痛むかどうかと謝罪するかどうかは全然別の話だと。

 

例えば、ボクのご先祖が昔、誰かを傷つけたとします。それに対してボクが謝る必要があるかどうかと言えば無いわけです。

なぜならボクはその時、存在すらしていないわけで、何の落ち度も無いからですね。

基本的に謝るのは本人であるべきです。

基本的にと書いたのは、他に謝るべき可能性があるのは、本人の親ですね。しかしそれもケースバイケースです。少なくとも、当時、存在すらしていなかった人間が謝る義務はありません。

 

でも、じゃあボクは何とも思わないかと言えば、それは間違いです。

やはり心が痛むわけです。

たとえ自分がやったことじゃなくても、誰かが傷つけば心が痛むじゃないですか。

それが人間でしょ。

 

親が子供を虐待して子供に食事を与えず、子供が餓死した事件があります。子供の胃の中からはアルミ箔が出てきたそうです。あまりに空腹でその子はアルミ箔を食べたんです。そのニュースを聞いたとき、ボクは激しい悲しみを覚えました。自分に関係が無くても、やはり人間ですから、心は痛むのです。

 

逆の立場でも同じです。

ボクが誰かから傷つけられたとします。

それから数十年たって、その人に孫が生まれたとします。

ボクはその孫に対して、

「先祖の罪を謝れ!」

なんて毛頭言う気はありません。そりゃそうですよ。孫に何の落ち度も無いんですから。

つまり、未来永劫、謝罪を続けるなんてあり得ません。本人がいなくなればそれまで。

 

謝罪するかどうかと心が痛むかどうかは別なんです。

 

過去、日本が行った過ちに対しては、その当時に実際に行った日本人は当然責められるべきであり、一方で、その当時に存在していなかったボクたちが謝罪する義務はありません。しかし、ボクは当時の日本の行いによって苦しんだ人々に対し心が痛みます。

 

国家という名の人間のエゴ

 

そう言うと、

 

「たとえ当時はいなかったとしても同じ日本人だから謝罪すべきだ。」

 

なんて意見が聞こえてくるんですね。

それも変です。

さっき貼った記事を読んでみてください。

国家なんて人間のエゴです。

本来、地球に国なんて無いんですよ。

人間が勝手に作ったんです。人間のさじ加減で国なんて変わってしまうんです。

 

同じ国の人間だから謝罪すべき、と言うのであれば、同じ星の人間だから謝罪すべき、とも言えてしまうでしょ?

当時の地球人である日本人の行いについて、同じ地球人のアメリカ人やロシア人やインド人やマレーシア人やケニア人も謝罪すべきですか?

 

同じ星の人には追求せず、同じ国の人には追求する、その理由は何でしょう?

変ですよね。

 

もう一度言います。

同じ国、違う国である以前に、みんな同じ星の人間なんです。

勝手に国を作って勝手に分裂して勝手に戦争してる。

そんなバカな人間こそボクは謝罪すべきだと思いますよ。

 

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