非天マザー by B-CHAN

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「批判」は目的ではなく手段であるべき、という話

建設的な批判、無意味な批判

 

みなさん、こんにちは!

B-CHANです。

 

インターネット上でよく見かけるやり取りが、

 

批判

 

ですよね。

 

ボクは思うんですけど、批判すること自体は悪でも何でもないんですよ。

なぜなら、役に立つからです。

批判を自分の成長の糧にできる人とできない人 - 非天マザー by B-CHAN

 

人は誰でも自分の欠点に気付きにくいものです。自分を批判してくれる人がいれば、それを元に自分を改善して、さらに成長できるわけです。

せっかく批判してくれてるのに、それを単なる文句だと言って聞く耳を持たない人は成長しません。

だから批判はとても大切です。

 

しかし批判の質にもよります。

例えば、対象となる物事の中身をきちんと検証せず、ただの好き嫌いで批判してしまうと、その批判には説得力がありません。

というか、そうなると批判というより単なる感情的な文句です。

単に文句を言われただけだと、言われた方がいくら謙虚に受け止めたくても、どこをどう直せばよいのか、さっぱりわかりません。

これでは良くならないです。

批判する時は、具体的かつ論理的に批判箇所を説得力をもって説明し、できれば代案を出すくらいの気構えが欲しいものです。

そうすれば世の中は良くなっていきます。

 

それともうひとつ。

例えばボクのこの「非天マザー」では、ブログのアクセス数を増やすためのノウハウをたまに書いています。

それはボクが実際に経験した知識に基づいて、今度はそれが他の人に役立つだろうと考えて公開しているわけです。

そういう記事に対して、

 

「アクセス数を自慢するのはやめろ。」

 

という趣旨の批判をされると、非常に困ります。

なぜなら、その批判に従っても、誰も幸せにならないからです。

ボクが記事を公開することで、それを読む人がいて、たとえ少数とは言え、役に立ててくれる人がいるわけです。読み手も役に立ち、書き手も心地よいですよね。

もし、批判に従って、そういう記事の公開をやめてしまったら、読み手も書き手もそういうメリットを失います。そしてその代わりに誰かにメリットが生じるわけでもありません。

 

最初に書いたように、批判というのは、批判することによって、誰かに何らかのメリットが無いと意味が無いと思うんですよ。

 

例えば、地方議員のカラ出張旅費の使い込みを批判すれば、それは悪事を追求することになり、すなわち、庶民の損失を防ぐことになります。

批判が役に立つんですよね。

 

でも、

 

「●●氏は顔が悪い」

「●●氏は■■生まれ」

 

なんて批判をしても、何の役にも立ちません。

言われた方もどうしようも無いし、ツライ思いをするだけです。

つまり、こんなのは、ただの文句であり、悲しみを生むだけで、何のメリットもありません。

批判すること自体が「目的」になってしまっているからです。

 

何かの役に立つことが「目的」で、批判はそのための「手段」であるべきです。

 

世の中に無数に飛び交う批判。

 

繰り返しますが、批判することは建設的で良い事だと思います。

しかし、批判する前に、それが単なる文句では無いか、それ自体が目的になっていないか、批判することで何かが改善するか、ということをよく考えて欲しいと思います。

 

そういうわけで、ボクも建設的な批判をどんどんしますし、ボク自身も批判をどんどん待っています。

人間は完璧ではないです。

どんな人間にも正しい面と間違った面があるんですから。

 

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