非天マザー by B-CHAN

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ピケティが話題ですが格差問題と貧困問題を混同するなと言う話

ピケティの21世紀の資本を一言で

 

みなさん、こんにちは!

B-CHANです。

 

ピケティの「21世紀の資本」がバカ売れですね。

世界でも日本でも。

 

 

この本を一言で言えば、

 

r>g

 

つまりr(資本収益率)がg(経済成長率)を上回るってことです。

資本というのはおカネとか土地などの財産。

簡単に言うと、みんなが汗水流して働いて稼ぐおカネよりも、おカネや土地などを持っている人たちが儲けるおカネの方が大きいですよということです。

つまり、おカネや土地を持っている人たちと、そうでない人たちとの格差は開いていくよ〜という意味です。

 

まあこれはわかりやすいですよね。

Aさん、Bさんの2人で100メートルを競走して勝ったほうがおカネをもらえるとします。

ただし、Aさんは親がおカネ持ちで最初から良いシューズを履かせてもらっており、一方のBさんの家庭は貧しいので裸足。

当然、Aさんが勝ち、Aさんはさらに良いシューズを買えます。Bさんはそのまま。

また競走したら、これもAさんが勝ちます。

よほどのことが無い限り、Aさんが勝つ確率が圧倒的に高いので、AさんとBさんの格差は開いていくわけです。

これが、

 

r>g

 

の仕組み。

 

格差は良くないのか

 

世界的に格差社会は良くないと言われます。

でもホントにそうでしょうか。

CさんとDさんがいるとします。

2人とも最初は財産を持っていませんでした。

しかし、Cさんは毎日毎日懸命に働いて、ついには大金持ちに。

一方のDさんは、ほどほどに働いたり遊んだりしていたので、相変わらず貧しいままです。

CさんとDさんにはものすごい格差ができたのです。

そのときに、

「格差社会はダメだ!Cさんからたくさん税金をとってDさんを優遇しよう!」

という声が聞こえてきたらどうでしょうか?

変ですよね。

懸命に努力した方が豊かになり、ほどほどの人が貧しいままなのは、とても公平ですよね。

つまり、世の中の保有財産の差を見て、それだけで、格差社会は悪い!と言うのは間違いなんですよ。

Dさんを優遇するということは、ラクしている人を優遇するということです。

むしろ不公平ですよね。

 

財産の大小で格差問題を訴えるのは大きな間違いですが、意外とそこに気付いてない人、多いんですよ。

 

ホントの不公平

 

AさんとCさんとの違いは何でしょうか。

Aさんはおカネ持ちの家に生まれたので、あらかじめ良いシューズを履かせてもらっています。

Cさんは努力した結果、おカネ持ちになりました。

 

もうわかりますよね。

 

機会の平等と結果の平等との違いです。

 

AさんとBさんの競走では、機会が不平等なんです。最初からAさんが有利なんです。

そしてその有利さはAさんが自分の努力で手に入れたモノでは無いんです。

たまたまおカネ持ちの家に生まれただけです。

不平等な機会によって、富を得ているのがAさんです。

 

でも、CさんはDさんとは同じ条件でした。機会は平等だったんです。

そしてCさんはDさんと違って猛烈に努力して豊かになりました。

自分で富を得たのがCさんです。

 

AさんとBさんとで格差が生じ、CさんとDさんとで格差が生じました。

でも、おかしいのはAさんとBさんとの格差です。

この格差こそ、解消されるべきです。

機会の不平等はダメなんです。

でも、結果の不平等は大いにOK。結果の不平等がダメだとなると、CさんDさんの例のように、サボった人を優遇することになってしまうからです。

どこかの小学校の運動会で競走するときに、不平等は良くないからと言って、みんなで並んでゴールするという話を聞いたことがあります。これなんて、機会の平等と結果の平等を取り違えている見本です。

 

結果の不平等でも改善すべき事例

 

そういうわけで、結果的に格差が生まれるのはむしろ望ましいことです。

しかし、結果的に生じた格差を解消すべき事例もあります。

なぜなら人間の成功は努力だけでは決まらないからです。

例えば、EさんとFさんがいて、2人とも懸命に努力して働いていたとします。

しかし、Fさんは運悪く通り魔に遭い、背中などを刺され重症を負い、神経が麻痺して身体に障害を負います。犯人は貧しくて自暴自棄になり、その場で命を絶ちました。

同じように努力してきた2人なのに、Fさんは努力とは関係の無い部分で不幸に見まわれ、働けなくなりました。

その結果、Eさんは豊かになりましたが、Fさんは貧しいまま。

人間は努力すべきですが、努力だけが成功の要因では無いわけです。

犯罪、事故、震災などで不幸に見舞われる人もいます。

そうやって貧しくなった人を救済するのは、むしろ当たり前のことなんですね。

Eさんは、「不幸に見舞われなかった」という幸運を、努力と無関係に手に入れたわけですから。

この場合、Eさんから高い税金をとってFさんに分配するのは何もおかしくありません。

ボクが以前書いた生活保護の論理です。

 


生活保護を批判している人には、こう言ってあげよう - 非天マザー by B-CHAN

 

 

次のような2つの国家を考えてみてください。

G国は国民が100人いて、10人がものすごく努力をして大金持ち。一番の大金持ちは100億円の資産を持っています。

しかし一方で別の10人は財産がほとんど無く、餓死寸前です。

H国は国民が100人いて、一番の大金持ちは1兆円の資産をもっています。一方で財産がほとんど無い貧しい人たちもいますが、大金持ちからは高い税金をとって貧しい人に分配しているので、誰も餓死の心配はありません。きちんと生活できます。

 

よく、大金持ちから高い税金を取ると、懸命に働く意欲が無くなると言います。

CさんとDさんの例ですね。

それはその通りです。

でも、EさんとFさんの例のように、懸命に努力しただけでは豊かになれません。大きな不幸に見舞われないという幸運も必要です。

 

人間というのは他の動物と違います。

国家を作り、人々がみんな幸せに生きるための仕組みを作ることができるのです。

もしG国を作って餓死する人がいても、それは自己責任だと言ってしまうと、それは自然界の動物と変わりません。

自己責任だと言うのなら、そもそも警察もいらないですよね。

でもそれは間違い。

人間は人間らしい知恵と工夫によって、人が死なないための仕組みづくりをできるんです。

だから犯罪から人々を守るための警察を作るのであり、餓死しないための分配システムを作るのです。まさにH国です。

 

ボクは格差社会には賛成です。それは結果の格差です。

でも、それに先立って、まずは餓死者がゼロになる国家が必要です。

餓死者がゼロになるレベルに必要な税金は大金持ちから徴収し、それで餓死を防ぎます。

一方で、それでも大金持ちがさらに大金持ちになるのは構いません。

努力しても差が生まれないのであれば不公平ですよね、すでに何度も書いたように。

G国とH国をよく見てください。

G国の一番の資産家は100億円の資産。H国の一番の資産家は1兆円の資産。

つまり、H国の方が格差は大きいのです。

でもH国では誰も餓死しません。

 

大切なのは、格差の大きさではありません。

どんなに貧しい人でも経済的理由で命を失うことを防ぐ国づくりです。

それができていれば、格差はどんなに広がっても構いませんし、むしろそのことが人々のモチベーションを高めるのなら、歓迎すべきでしょう。

 

貧困問題が解消した上で、努力によって格差ができるのは望ましいと考えます。

誰もがおカネのことで命を落とすことがなく、しかも努力も報われる。それが人間らしい国づくりでしょう。

 

だからこそ、機会の不平等は無くすべきです。 

相続税なんて100%でいいんですよ!

 

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