非天マザー by B-CHAN

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秀岳館高校吹奏楽部の甲子園応援問題に抜けている重要な視点

高校生一人一人の重み

 

熊本県の修学館高校の野球部が甲子園で4強にまで勝ち上がり、吹奏楽部が応援のために甲子園に駆けつけることになったニュース。

このため、吹奏楽部の全国コンテストへの出場をあきらめざるを得ない状況になり、議論を呼んでいます。

 

togetter.com

 

すごく当たり前の話ですが、高校生一人一人に優劣なんてありません。

みんな同じ重みで扱われるべきです。

吹奏楽部も野球部も対等に扱われるべきです。

 

しかし、今回の結論は野球部重視。

野球部の全国選手権のために吹奏楽部は全国選手権をあきらめた構図になっています。

 

そりゃ、議論になりますわな。

 

今まで、数々の高校でのいじめ事件を見ていると、校長はたいてい、隠蔽しようとします。

なぜなら、校長は生徒よりも自分の身が大切だからです。

輝かしい教育者である校長なんてほとんど存在しなくて、単なる保身に走るサラリーマン校長が圧倒的に多いから、そうなるんです。

自分の実績を残したいんです。

自分がほめられたいんです。

自分の学校でいじめがあったことなんて知られたく無いんですよ。自分の身のために。

それが校長という名のサラリーマンです。

 

だから、今回も、マーケットが大きく、マスコミの注目を浴びやすい高校野球が吹奏楽を優先したわけですね。

それが「校長の名誉」のためですから。

校長が明確に指示したかどうかは関係無いんです。結果に対する責任を負うのが校長ですから。

  

しかし、これが美談化されています。

 

吹奏楽部が自分たちのコンテストをあきらめてでも、野球部の応援に!

 

確かにここだけを見れば美談に見えるでしょう。

ある部員が他の部員のために身を犠牲にした。

はい、美談ですね。美談美談。

 

恣意的な偽美談

  

でもね、それを美談とするなら、重要なひとつの視点が議論から抜け落ちてませんか?

 

それは、逆のパターン。

つまり、

 

野球部が甲子園出場をあきらめて、吹奏楽部の全国コンテストに応援に駆けつける。

 

ということ。

どうですか?

これもまったく同じ美談のはずですよね。

当然にこれも行われるべきです。

なのに、このパターンはまったく議論にすらなりません。

なぜ?

なぜ誰もこれは議論に載せないの?

おかしくないですか?

あくまでも野球部優先。

そのために吹奏楽部が選択を迫られる。

逆のパターンは考慮すらされない。

いや、もし、吹奏楽部を応援するために野球部が甲子園出場をあきらめたら、それこそ大きな非難が巻き起こるでしょう。

なのに野球部を応援するために吹奏楽部が全国コンテストをあきらめたら、美談化される。

異常でしょ?

つまり、それほど、高校野球と高校吹奏楽の話は異常なんですよ。

 

ましてや、今回の結論に対して校長が平気な顔をしているのなら、まさに厚顔無恥としか言いようが無いです。

生徒の皆さん。

これから長い人生で、ホントに心の優しい人間味あふれる人と出会うことがあるでしょう。

そういう人をお手本にして欲しいです。

校長とはそういう存在とはかけ離れた対極の存在だということを知っておいてくださいね。

なんら尊敬の対象ではありません。

 

校長が一番エラい、というアホな勘違いをして卒業しないように気をつけてくださいね。