借金は悪ではない
どんな企業でも未来永劫ずっと反映し続けるなんてことは無くて、あのトヨタですら、かつては倒産寸前でしたし、数年前まで勝ち組の代表だった任天堂でも今は苦しんでいます。
世界最大の企業価値に上り詰めたAppleだってどうなるかはわかりません。
そんなAppleの最近の大きな話題がこれ。
↓
崩れた“アップル神話” 財務見直しで株主還元
社債ってのは会社の借金です。
Appleは事業会社(要するに普通の会社)として史上最大級の社債つまり巨額の借金をするわけです。
ここで疑問に思いませんか?
なんで大金持ちのAppleが借金をする必要があるの?
疑問に思わなかった人は疑問に思ってください。
疑問に思うこと、好奇心を持つことが能力向上への第一歩ですよ。
んじゃ、答えを書きますね。
その前にボクの以前の記事を読んでおきましょう。
↓
無借金経営って良いこと?(ファイナンスの基本)
なぜ借金をするのか
まず、なぜ借金は悪だと思い込んでいる人が多いのか。
それは家計と企業をごちゃまぜにしているからです。
家計では基本的には借金は無いほうが良いです。
しかし企業は家計とは目的が違います。
家計は生活のためにモノを消費するのが目的ですが、企業は利益を生み出すのが目的です。
上に貼ったボクの以前の記事にも書きましたが、無借金で10の利益を得るよりも、借金をして100の利益を得るほうが経営としては優秀です。
しかし今回のAppleの場合は借金をすることで事業を拡大して利益を増やそうという目的ではないです。
ではなぜオカネがたっぷりあるAppleが借金をするのか。
答えはざっくりと2つあります。
それは、
- 税金
- 資本コスト
税金
まず税金について。
こんな記事を書いたことがあります。
↓
ドコモ(docomo)からiPhoneが出るのは確実である理由
会社は株主のモノであり、経営者は株主によって雇われた仕事請負人です。
経営者の任務は株主に価値をもたらすこと、つまりオカネを増やすことです。
Appleはこれまでの絶好調で大量のオカネを獲得しました。
そのオカネをどのように使うか。
もしそのオカネをさらに投資に使う、例えば新しい技術開発やら工場を建てるやらに使って、さらに大ヒットを飛ばして大儲けできるのなら、株主はそれに賛成するでしょう。
でも今のAppleは違います。
かつてのように大ヒットを飛ばすのは難しくなっています。
すると株主は経営者に言います。
「余ったオカネを投資に回さずに配当しろ。」
と。
経営者も大ヒットを飛ばせる確信が無い以上、株主に従うしかありません。
なので、貯まっているオカネを配当するわけです。
ところがAppleはすべてのオカネをアメリカ国内で預金しているわけではなく、税金の安い外国などに分散して保管しています。
これを株主に配当するためにアメリカ国内にまともに戻してしまうと、それだけで巨額の税金がかかります。
そこであえて借金してそのオカネで配当することにしたわけです。
借金をすると確かに金利がかかりますが、Appleは世界で最も信用度の高い企業です。
信用度の高い企業ほど低い金利で借金をすることができます。
巨額の税金の額よりも借金の金利のほうが低ければ、そちらを選ぶほうが賢いですよね。
それが1点。
さらに会計上の理由もあります。
企業は業績に応じて法人税を取られますが、法人税は利益の額によって変化します。
利益が大きいほど法人税も高くなります。
そして企業の利益というのは借金に支払う金利があれば減ります。
つまり、借金をすることで、その期に金利を支払う必要があり、その分、利益が減り、法人税も減らせます。
これが2点目。
資本コスト
次に資本コストのお話。
資本コストってのは、今書きましたが、企業がオカネを調達するときの金利だと思ってください。
例えば企業が誰かから3%の金利で借金をしたら、その3%というのが資本コストです。
で、企業が資金調達をするには大きく分けて2つの方法があります。
それは、
- 他人資本(融資、負債)
- 自己資本(投資、株式)
企業が事業をするにはオカネが必要ですよね。
それを誰かから借りてくるのか、それとも投資してもらうのか。
借りてくることを負債=借金と言いますね。
借金の最大の性質は金利と元本を返済しなきゃならないということです。
なので他人資本と言います。
会社のオカネではなく、あくまでも他人のオカネだからです。
いっぽうの投資、これは株式と言って、会社は投資してくれた人に返済する必要はありません。
つまり、投資をする、すなわち株を買うということは、そのオカネを会社にプレゼントするようなものですね。
会社のオカネになるので自己資本と言います。
でも、何の見返りもなくプレゼントする人はほとんどいません。
投資というのは返済しなくても良い代わりに、高い株価の値上がりや配当を要求するわけです。
それは負債の金利よりも高い要求です。
そりゃそうですよね。
例えば、あなたがオカネを出す人だとします。
もし会社に融資する場合、100万円を貸したら1年後に103万円、つまり3%の利子がついて返ってくるとします。
一方、会社に投資する場合、100万円の株を買ったら1年後に103万円に値上がりするとします。
前者と後者、どっちを選びますか。
そりゃ前者です。
なぜなら融資の場合は1年後に必ず3%増えて返ってきますが、投資だと株価が値下がりするかもしれません。つまり3%は保証されないわけです。
後者の方がリスクが高いのに、同じリターンしか得られないのであれば、そんなのに誰もオカネを投じません。
なので、株主は貸主よりも高いリスクを負っている分、高いリターンを経営者に要求します。
ハイリスク・ハイリターンの原則ですね。
逆に言えば、会社側から見れば、無借金であるということは、会社の財産はすべて株主のモノということになり、非常に高いリターンが要求されるわけです。
借金をすれば、その金利は株主が要求するリターンよりも低いわけです。
つまり資本コストが低く抑えられます。
これが3点目。
そしてAppleは借金した資金で自社株を買う予定です。
つまり市場に出回っている株式の数を減らすわけです。
株式の数が減れば、当然、株価は上がります。
なぜかって?
モノの価格は需要と供給で決まるからです。
こちらを読んでください。
↓
経済学を全く知らない人だけにオススメの経済学……需要と供給と物価の決まり方
株式の数が減るということは供給が減るので価格は上がるということです。
株価が上がれば、株主の高い要求に答えることができる、ということですね。
以上4点。
借金をするからダメだと短絡的に考える人は会計とファイナンスの基本を知ろう
今回のニュースを読んで、無借金経営だった企業が借金をするようになったという表面的なことだけで、経営危機だと思った人は、会計とファイナンスの基本だけでも学んでみてください。
Appleのような世界一信用度の高い企業は超低金利で資金調達できるので、無借金経営よりもむしろ負債を負うほうが経営が健全化するといっても過言ではないわけです。
もちろんAppleの財務担当チームも世界有数の人たちなので、そんなことは計算済みです。
最初に貼ったニュース記事にもありますが、成長期には配当よりもさらなる投資に回し、成熟期にはそれを株主に還元する、ごくありふれた光景です。
Appleも次のステージに移りつつあるということです。
それがAppleという特殊な会社にとって良いことかどうかは別にして。
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