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非天マザー by B-CHAN

iPhoneの使い方、IT、金融、経済、不動産、保険、ビジネス、音楽、映画、ニュース、自己啓発などを語ります。

阪神大震災から20年、その間に見捨てられた人々にこそ注目を。

つぶやき

阪神大震災での経験

絆

 

 

みなさん、こんにちは!

B-CHANです。

 

1995年1月17日の阪神大震災から20年。

世の中の多くの人やマスコミ報道的にはひとつの区切りかもしれません。

今後も1年ごとに区切り、10年毎に区切りが来ます。

 

ボクは当時、兵庫県宝塚市に住んでいました。

まさに震度7のまっただ中。

ボクは生き残るという幸運に恵まれましたが、自分の住んでいた建物は使えなくなりました。

また周囲の住宅も、がれきの山。

元が住宅であったという原型をとどめないモノもたくさんありました

信じられない光景でした。

 

しかし、そんなことはマスコミ報道を見ればわかることです。

知ってほしいのはマスコミ報道ではなかなかわかりにくいこと。

 

がれきの山の映像は多くの人が見たでしょう。

しかし実際の現場では、その中から、

 

「助けて〜!助けて〜!」

 

と言う必死の叫び声が聞こえていました。

大きな余震が続く中で、いつ崩れるかわからない建物から生死を掛けた叫びです。

無事に生き残っている人たちも、経験したことの無いあまりにも大きな揺れと目の前の惨状に驚きながら、救出活動にあたっていました。

今でもボクの脳裏には、あの叫び声、そして全身血だらけで救出された人の姿が焼き付いています。

 

まだ携帯電話がほとんど普及していなかったので、連絡手段は固定電話、公衆電話。

しかし、震災の影響か、電話がなかなかつながらず、各所への連絡が滞りました。

停電のためテレビ報道も見られず、世の中の様子もわかりません。

 

あたり一帯はガス漏れのせいで異臭が漂い、引火の不安に襲われました。

当日の昼前後に電気は復旧しました。

転がっていたボクの自室のテレビのスイッチが突然オンになったので気付きました。

ほぼ同時にどこかで爆発音。

電気が回復したため、折り重なった電線とがれきにガスが引火したのでしょう。

助けになるかどうか確信が無いながらも、消化器を持って即席の救援部隊が向かいました。

 

その日は夜まで、救出名目で宝塚市、西宮市、神戸市を走り回りました。

がれきと火災の街の中で、とぼとぼと歩く人たちの姿。

横倒しになっている巨大な高速道路。

自宅ががれきになって、生死すら確認できない知人。

 

そんな経験をしました。

 

寝ていたベッドごと部屋の反対側まで飛ばされた人。

重い墓石が空中を飛んで遠くに着地していたこと。

 

そんなふうに、激しい揺れの現実を思い知らされました。

 

東日本大震災での経験

 

2006年からボクは東京で暮らしています。

2011年3月11日、東京で、東日本大震災の揺れを経験しました。

長い揺れの中でボクは阪神大震災の記憶を思い起こしました。

そして、こう思ったのです。

 

「これだけの揺れだから間違いなく大震災であり、死者がたくさん出ている。」

 

こう思わざるを得ませんでした。それだけの経験がありました。

そして、それは現実でした。

 

東京は震度5程度。

阪神大震災の頃とはまったく違い、スマートフォンが普及し、SNSも活発でした。

友人たちの無事をすぐに確認できました。

 

後日、友人たちに話を聞くと、キャビネが倒れないように抑えていたというような話を聞きました。

ボクはとても残念でした。

なぜなら阪神大震災の教訓が生きていなかったからです。

 

確かに地震は自然現象なので、地震そのものは避けられません。

でも、地震が発生したときの対処方法は過去の経験から学べるはずです。

もちろん、実際にはほとんどの人は経験したわけでは無く、ニュースを見聞きしただけです。

だからこそ、実際に経験したボクたちは、その経験をどんどん伝えなきゃいけないんですね。

この非天マザーでも、色々と書いてきたつもりですが、それでもまだまだ伝わっていません。

地震でキャビネを抑えるなんてことは絶対にしてはいけないんです。

東日本大震災では、東京ではたまたま震度5で済みました。

だから運良く、キャビネを抑えられたのです。

もし、震度7クラスだったら、キャビネごと空中に飛ばされ、下敷きになっていたかも知れません。

ビルががれきになり、道路が横倒しになるのが震度7です。

キャビネなんて紙くずのように舞います。人間が抑えるのは不可能です。

だから地震の際にはとにかく身を隠すこと。

デスクなどより低く身を伏せること。

自宅なら頑丈なトイレや浴室に逃げこむこと。

地震の際に逃げこむべき場所を、普段から、あらかじめ決めておくべきです。

ボクが東京の友人たちの行動を後から聞いて、そういう教訓が活かされていないことを残念に思いました。

引き続き、教訓を広げていきたいです。 

 

孤独・孤立

 

兵庫県では毎年、孤独死のニュースがあります。東北でもそうでしょう。  

もちろん直接の原因は震災です。

しかし、今の日本では、震災に関わらず孤独死はたくさん発生します。

そういう時代になってしまっています。

30年以上も連続で2万人以上が自ら命を絶つ国。

震災で数万人の命が失われる一方、高度成長期以降で100万人近くが自分で人生を終わらせたのです。

自然災害よりはるかに恐ろしい人災、国家、システム。

 

重要なのは規模では無い

 

大震災の被害は確かに甚大です。

ボクも被災者として感じます。

でも問題は、規模の大きな事件・事故ほど多くの人が注目し、多くの救いの手が差し伸べられることです。小さな事件・事故は注目されません。

大震災の被災地にも多くのボランティアや寄付が向かいました。

 

よく考えてください。

次のように書けば、わかりやすいでしょうか。

 

大震災で10の被害を受けた人が5万人発生すれば、総被害は50万。

 

一方、別の事故で1000の被害を受けた人が10人発生すれば、総被害は1万。

 

明らかに総被害では大震災の方が甚大です。

しかし、一人一人の被害の大きさで見れば、後者の事故のほうが100倍も大きいのです。

後者の事故の被害者は大震災の被害者より100倍も苦しんでいることになります。

なのにマスコミ報道では大きな事件しか注目されません。

結果として、規模の小さな事故の被害者は、たとえ、より大きな苦しみを負っていても注目されず、救いの手も差し伸べられないのです。

 

みなさん、マスコミに振り回されないように。

全体の規模の大きさは、もちろん国家として重視すべきでしょう。

しかし、規模の大きな事件・事故よりももっと大きな被害で苦しみながら、見捨てられている人たちも存在することを知っておいてください。

国家は国民で成り立っているのです。

 

そういう人たちに救いの手が差し伸べられますように。

 

自己満足のボランティアや自己満足の寄付では無く、きちんと自分で考え、自分で調べ、真に助けを必要とする人を救う。

それがホントの「絆」では無いですか?