無報酬のメリット
大阪の天王寺区役所が、広報のデザイナーを金銭報酬無しで募集した件で批判が殺到したそうです。
「デザイナー募集、無報酬」で批判殺到の天王寺区、謝罪文を掲載 - ねとらぼ
ボクは、このニュースを読んで、首をひねりました。
なぜ批判されるんだろう、と。
自分で事業を経営している人なら、こういう批判が殺到することに疑問を持つ人が多いんじゃ無いかと思います。
わかりやすい事例はプロ野球ですかね。
ほとんどの球団は毎年赤字です。
つまり、プロ野球のチームを経営する事で、儲かるどころかおカネを失うわけです。
なのになぜ経営するのか。
それは親会社の広告宣伝効果があるからですね。
プロ野球そのものでは損をするけど、結果的に親会社の知名度が上がったりブランド価値の向上を狙えるからですね。
このように、事業というのは目先の儲けだけを考えるのでは無く、先行投資という概念があります。
あと、何らかのコンテストを考えてみてください。
仮にコンテストの賞金は無いとしても、コンテストに優勝すれば、その人にはそのキャリアが付くので、その後の仕事が増える可能性があります。
芥川賞は賞金が100万円ですが、作家は別にその100万円が欲しくて芥川賞を狙うのでは無く、芥川賞を取るとその後の仕事が増えるからです。
民放のテレビ番組も同じですよね。
視聴者はテレビ番組を見るのにテレビ局に報酬を支払いません。無料で見ることができるわけです。
なぜ無料で見られるかと言えば、スポンサーが資金を出しているからですよね。
ではなぜスポンサーは資金を出すのか。
それは資金を出すことによって広告宣伝することができ、それによって自社商品の売り上げに繋がったり企業の知名度を上げることができるからです。
つまり、目先で得するのではなく、将来のために目先の損には目をつむる、と言うことです。
天王寺区のやり方も同じ事なんですね。
まず重要なのは、事前に情報を開示していることです。
このデザイナー募集は事前に無報酬である事がきちんと開示されていました。
その情報を元に、デザイナーは応募するかどうかを自分で決められるわけです。
無報酬ならメリットが無いと判断したデザイナーは応募しないでしょう。
逆に無報酬でもメリットがあると判断したデザイナーは無報酬を承知で応募するでしょう。
無報酬でも得られるメリットとは、天王寺区の広報デザインに採用されたという「実績」ですよね。
その実績によって、そのデザイナーは今後、仕事が増える可能性があるわけです。
つまり、目先の金銭報酬ではなく、将来のための先行投資として応募するわけです。
価格は需要と供給で決まります。
経済学を全く知らない人だけにオススメの経済学……需要と供給と物価の決まり方
ということは、無報酬で誰一人応募が無ければ、その価格(つまり無報酬のこと)が安すぎたと言うことなので、価格を上げる必要があるでしょう。
逆に無報酬でも応募があるのなら、その価格(つまり無報酬)は適正、ということです。なぜなら応募する人は、無報酬でもメリットがあると考えたわけですから。
もし事前に情報が開示されていないのなら確かに問題はあるでしょう。
しかし、この天王寺区役所の事例は事前に情報が開示されていて、それを元にデザイナーが応募するかどうかを判断できるので問題ありません。
無報酬ならイヤだという人は応募しない事を選択できるからですね。
それよりも、もっと重要な悪影響があります。
批判が殺到したので、かえってデザイナーの首を絞めることになった
今回、批判が殺到したことによって、冒頭に貼ったように、天王寺区役所は対応をあらためてしまいました。
つまり、募集の対象をアマチュアに絞ってしまったのです。
さっき書いたように、無報酬であってもメリットがあると考えるデザイナーはいます。
今回の募集に採用されることで実績を上積みし名前を知ってもらい、今後の仕事の増加に繋げることができるというメリットです。
しかし批判が殺到したために募集対象をアマチュアに絞り、プロが応募できるチャンスは閉ざされました。
区役所としては税金を節約しながらデザインを依頼できるメリットがあり、応募する側にもメリットがあったにも関わらずです。
今回の批判殺到が悪い前例となり、今後は募集をかけるときは有償、つまり税金を使うというデメリットが発生するか、もしくはアマチュアのみの募集に絞られる、つまりプロが名乗りを上げる門戸が狭められるというデメリットが発生します。
ボクはこのブログで公務員の高給について批判していますが、それには明確に理由を書いています。
しかし公務員だからと言って何でもかんでも批判すると、今回の事例のように問題の無いことにまで批判が殺到し、結果としてプロのデザイナーがかえって苦しむことになることもあるということです。
なので、物事を考えるときは理論的に考えるようにしましょう、といつも言っていますよね。
理論的に物事を考える事によって、罪の無い人が被害を受けるのを避けたり、弱者を救うことができるようになるからです。
今回の批判殺到の件で一番被害を被ったのは、応募しようと考えていたプロデザイナーさんです。