人間の歴史
人間の歴史にはいくつかの転換点があります。
火の発見。
文字の発明。
電気の発見。
印刷の発明。
飛行機の発明。
コンピュータの発明。
コンピュータ
ボクはコンピュータの発明は異質だと思っています。
それまでの人類の生活と大きく異なる点があるからです。
それは、
人間から直接視聴できるかどうか
です。
木簡や紙などに書いた文字や絵は人間が見るコトができます。
そのおかげで、大昔の文字や絵を研究するコトが可能です。
しかし、コンピュータで扱うデータは、デジタルデータです。
データそのモノは人間には視聴できません。
それを、視聴できる形に変換する必要があるのです。
ディスプレイに表示したり、スピーカーから音として出したり。
現代社会の人間の創造物はコンピュータに保管されています。
てコトは、現代社会のその膨大な財産を後世の人が視聴できるようにするためには、再現のための手段が必要です。
数多くの写真がJPGと言うフォーマットで保存されていますが、それは、遠い将来もJPGファイルを解析して画面に表示させる仕組みを残す必要がある、と言う意味です。
例え、データだけが残っても、JPGを人間の目に見えるようにするアルゴリズムが伝承されなければ、データは全滅と同じです。
かつてのレコードやカセットテープ、ビデオテープやCD。
これらも、一世を風靡しましたが、いまや再生機器の普及率は微々たるモノ。
それらのメディアの中にはしっかりとデータは入っていますが、それを人間が視聴できる手段が無ければ意味はありません。
1000年前の資料をいまのボクらは見るコトができますが、1000年後の人々は、いまのボクらの財産を見るコトはできるんでしょうか。