楽してカネ儲け
モノの価格の決め方にはいろいろありますが、その一つに損益分岐点という概念があります。
例えば、ボクがパンの製造直売を始めるとしましょう。
誰でもわかるように話を簡単にするために細かい数字は省略しますのでツッコまないように。
パンを1個作るのに必要な材料費は、50円だとします。
またパンを売るのに店舗が必要ですね。店舗を借りる家賃は毎月300円だとします。
以上がパンを製造販売するのに必要なコストだとします(ホントは他にもありますが省略)。
そのパンを1個80円で売ります。
材料費50円のパンを80円で売るのだから、1個売れれば30円の黒字(儲け)、2個売れれば60円の黒字(儲け)、というわけには行かないことは誰でもわかりますよね。
そう、店舗の家賃が毎月300円かかるのです。
つまりパンが2個売れて60円儲かっても家賃に300円払う必要があるので、差し引きマイナス240円、つまり赤字です。
では赤字にならないためにはパンを何個売れば良いでしょうか。
300円の家賃を払うためには、パンを10個売って300円の儲けを出す必要があります。
言い換えれば、パンが10個売れると、売り上げは800円で、それを材料費500円と家賃300円の支払いに充てます。
つまり、一生懸命働いてパンを10個作って全部売って、ようやく利益がゼロ。
働けば必ず給料をもらえるサラリーマンの人にはわからないかもしれませんが、これがビジネスの姿です。
もちろんサラリーマンの人が勤める企業だって同じ仕組みです。
さて、パンを10個作って売れてようやく利益がゼロになりました。これ以下では赤字です。
この10個の数字、これを「損益分岐点」と言います。損益分岐点売上高は800円ですね。
「がんばって働いてパンを作って売ったんだから給料くれよ。」
といくら叫んでも、この状態だと材料費と家賃ですべておカネは消えていますから、どんなに優しい経営者でも物理的に給料を払うのは不可能です。
少なくともパンを11個以上売らないと給料に充てるだけの資金はありません。
サラリーマンの人たちは働いたら給料をもらえるのは当たり前、と思っているでしょうが、それはこういった売り上げの変動によるリスクを会社側が負っているからです。
パンが8個しか売れなくても15個売れても会社が赤字でも常に決まった給料がもらえる。つまりサラリーマンはリスクを負っていないんですね。
以前、サラリーマンが一番楽して金儲けをしていると書いたのはそういう理由です。
消費と投資と読書と既得権益と正社員解雇
嘘だと思うなら、あなたが今やっているサラリーマンを辞めて個人事業主にでもなってみればよくわかります。
いかにサラリーマンや公務員が楽して金儲けをしているかがよくわかります。ボクも経験者です。
ボクはこうやってブログを書いて広告収入を得て生活していますが、はっきり言って毎月いくら入ってくるのか、何の保証もありません。ゼロかもしれないんです。
なので少なくともサラリーマン(特に大企業)や公務員の人たちが他人に、
「楽して金儲けしやがって」
と批判する資格はありません。楽して金儲けしているのは自分たちなんですから。
話が少し逸れました。
さて、パンを作るのには材料費と家賃が必要だと書きました。
ここで考えてみてください。材料費の方はパンの数が増えれば増えるほど上がっていきますよね。
パンを1個作れば50円ですし10個作れば500円です。これを会計では変動費といいます。
いっぽうの家賃の方はパンの数に関係なく300円です。これを固定費といいます。
するとモノを製造販売したときの利益というのは次の計算式で出せます。
売上高-固定費-変動費=利益
例えばパンが15個売れたら、
1,200円-750円-300円=150円の利益
パンが30個売れたら、
2,400円-1,500円-300円=600円の利益
パンが45個売れたら、
3,600円-2,250円-300円=1,050円の利益
パンが60個売れたら、
4,800円-3,000円-300円=1,500円の利益
となります。
よく見てください。パンが15個売れたら150円の利益、60個売れたら1,500円の利益。売り上げは4倍なのに利益は10倍になっています。
では今度は、もっと売れるようにとパンを1個60円に値下げして販売した場合はどうでしょうか。
パンの販売価格を値下げしたからと言って材料費も家賃も下がるわけではありませんから、当然利益は下がります。
まず、材料費が50円のパンを60円で売るわけですから、1個あたり10円の儲けしかありません。それで300円の家賃を払う必要がありますから、30個売ってやっと利益ゼロです。
損益分岐点売上高は、60円×30個=1,800円ですね。
パンが1個80円の時は10個売れれば損益分岐点に到達しました。つまり11個以上売れれば黒字です。
でもパンを1個60円で売ると31個以上売らないと黒字になりません。
販売価格を25%下げただけなのに、個数は3倍売らないと赤字になってしまうわけですね。
この60円のパンが45個売れたら、
2,700円-2,250円-300円=150円の利益
パンが60個売れたら、
3,600円-3,000円-300円=300円の利益
パンが120個売れたら、
7,200円-6,000円-300円=900円の利益
パンが180個売れたら、
10,800円-9,000円-300円=1,500円の利益
先ほどのパンが80円の時と比べてみてください。
同じ1,500円の利益を出すのに、3倍売る必要があります。
販売価格を25%減らしただけなのに、労働力は3倍になってようやく同じ利益を出せるわけです。
「売値が半額になったら2倍売ればいいじゃん」
という単純なモノではないわけです。これはモノの製造には(製造だけでは無くサービス業も同じです)、変動費だけでは無く固定費というモノも含まれるから起こる現象です。
モノが売れようが売れまいが家賃は必ず払わなきゃならないということです。
あと、そもそも売値が半額(80円→40円)になったら、材料費だけで50円かかるわけですから、永久に黒字にはなりません。
さて、このたび、Apple社はAppStoreでのアプリの価格を突然約25%引き下げました。
これは長い間円とドルの為替レートの調整をApple社が行っておらず、ここに来てようやく調整したからです。
もしボクが上記のパンの説明をしてなければ、AppStoreの約25%の値下げによって、
「アプリ開発者の儲けが25%減るのか」
と思う人もたくさんいるでしょう。
もちろんそれは大間違いです。
パンとアプリでは固定費と変動費の割合が違いますから、まったく同じ理屈ではありませんが、少なくとも販売価格が25%減ったから儲けが25%減るというのは大間違いだと言うことはわかってもらえると思います。
販売価格が25%減ったことによって固定費が支払えず黒字から赤字に転落する開発者もいるでしょうし、赤字になれば事業は続けられない事業者もいるでしょうから、多少はアプリのリリースにも影響を受けるでしょう。
アプリ開発をあきらめる人もいるかもしれません。
購入する側から言えば安いのはもちろん歓迎ですが、25%も販売価格が減少するというのは販売者にとっては単に25%の減少では無く、損益分岐点を割り込む可能性がある巨大なインパクトであるということを知っておいてほしいと思い、この記事を書きました。
そういう意味では、Appleが予告なく突然引き下げたのはビジネスシーンにおいて非常識で、ボクは横暴じゃないかと思っています。