タスク管理におけるレビュー
ボクは毎月、自由が丘のオフカフェで行われるHaga(@haga_san2)さん主催の勉強会「ステップアップ倶楽部」に参加しています。
直近では3月10日、つまり昨日行われました。
テーマはタスク管理術ですが、もう少し幅広く、例えば人間の脳の性質を掘り下げてモチベーションに繋げる話題など、いわゆる実務スキルに留まらない勉強をしています。
その中で昨日はレビューという話題になりました。
簡単に言うと事後評価ですね。
タスクを実行することももちろん大事ですが、そのあとで、どう実行できたのか、あるいは実行できなかったのか、それを自己反省してみましょうということです。
他人による評価
自分の事を自分で評価するのは簡単です。
簡単なのですぐに実行できるというメリットがあります。
一方で、自己評価には甘えが生じます。
そこでボクのオススメは他人による評価です。
他人による評価を大きく2つに分けて考えてみます。
- ほめてもらう
- けなしてもらう
そしてそれはとても大切なことです。
ほめて伸びる。
これはまさに事実で、人間はほめられると嬉しいわけです。
ほめられたいと思うからがんばって実行する。
モチベーションを上げるための良策ですよね。
問題は後者。
「けなす」というのは、あえてキツイ言い方をしてみましたが、要するに批判することです。
人間関係の中で批判は一般的には波風が立ち、あつれきを生み、場合によってはケンカになりかねません。
しかし、よく考えてみましょう。
例えばボクはこうやってブログを書いています。
ブログの読者さんからボクに、ブログについてのおかしな点が批判されたとします。
その時、もしボクが、単なる批判だと考えて耳を貸さなかったらどうでしょう。
その後も、ボクに変化はありません。
しかし、もしボクがその批判に耳を貸して自分を直せば、それは改善であり成長です。
つまり、
- 自分が正しくて相手が間違っていると考える人は、自分は変わらないので、改善も成長もしない
- 相手が正しくて自分が間違っていると考える人は、自分を改善し、成長することができる
自分に対する批判というのはイヤなモノだと考えがちですが、ボクは自分を成長させてくれる糧だと考えるようにしています。
もちろん中には明確に相手が間違っている事もありますが、その場合も感情論で反論するのでは無く、きちんと理論的に説得力をもって反論すべきですし、それが人間の思考力というモノです。
何かを成し遂げる人は他人のせいにしない
世の中には実行力のある人、行動力のある人、タスクを達成できる人もいれば、そうで無い人もいます。その違いは、まさに自分への評価のとらえ方です。
自分は正しい、自分は間違っていない、と考える人は、周りが間違っていると考えます。
受験に失敗したのは運が悪かったからだ、とか、今の会社は仕事がキツイからブラック企業だ、とか、とにかく自分以外を批判します。
本当は受験に失敗したのは自分の努力不足なので、もし、運のせいでは無く自分が悪いんだと考えて勉強時間を倍増させれば、きっと受験に成功していたでしょう。
自分以外のせいにする人は、自分は悪くない、つまり自分を変える必要は無いと考えてしまうので、成長せずに、いつまでも失敗し続けます。
でも自分が悪いと考えれば、自分を改善するので、良い結果をもたらします。
仕事がキツイからブラック企業だと批判するのなら、辞めて自分でブラックでは無い会社を起業すればいいだけのことです。
でも実際には、そうする能力・行動力が無いから、そういう企業に甘んじているだけのことです。
問題は自分にあるのに、それに気付かず、周りが問題だと考える人は、物事を成し遂げられないと言うことです。
ボクは、会社勤め時代の大部分は午前様や朝帰りという生活でした。
例えば銀行員時代、朝の7時半に1番乗りで職場について、夜は午前1時から2時に仕事を終えていました。
これが1年も2年もずっと続いていました。
ボクはこう思っていました。
「毎日毎日、給料をもらいながら普通の人の2倍も働けるおかげで、同じ日数なのに普通の人の2倍のスキルが身に付く。とてもありがたい。」
環境が悪いと考えたことはありません。
Twitterでのできごと
ちょうど今日、ボクがTwitterで、とあるiPhoneアプリの使いにくさをつぶやいたら、作者さんから、どの点が使いにくいのかを言ってくださいと言われたので、ボクは具体的に説明しました。
ここで思考力を働かせなければ、単なるアプリ批判だと思われるかも知れません。
しかし、この批判を元にアプリを改善する方向へ持って行けば、結果としてそのアプリはよりユーザーからの評価が高まるでしょう。
つまり批判を聞き流すのでは無く、改善の糧とすることで、作者さん自身にもメリットをもたらすわけです。
ボクも無意味な批判をするつもりは全く無いので、作者さんが良いとらえ方をしてくれることに期待しています。
本当の友人こそ批判し合える仲になろう
友人とは何ぞや、という話にもなりますが、もし単なる遊び仲間程度であれば、そこまで考える必要は無さそうです。批判して不快に思われて仲が悪くなるくらいなら、批判などやめて、相手をほめて今までどおり仲良く遊んでいれば良いわけです。
しかし、単なる遊び仲間ではない、本当の友人なら、そういう表面的な付き合い方は悲しいですよね。
そもそも論ですが、人間には必ず長所と短所があり、完璧な人は存在しません。
なのに短所に触れずに長所だけをほめるというのは、その人の一部しか見ていないことになります。
すでに書いたようにきちんと批判してきちんと受け入れることは改善と成長につながります。
つまり批判する人はきちんと論理的に批判することによって、相手にメリットをもたらしますし、批判される人も、それを受け入れることによって、自分にメリットが生まれます。
単なる好き嫌いによる無意味な批判はすべきでは無いですが、正しい批判はむしろ良い結果になると思いますし、良い結果にすべきです。
- 批判されて相手に腹を立てる人
- 批判されて感謝し自分を成長させる人
なぜなら表面的では無く、きちんとすべてを見てくれているわけですから。
もちろん、ほめることも忘れずに。
ボクも、今までの多くの友人とはそういう間柄を心がけています。
中には単に腹を立てて自分を改善しない人もいますし、そういう人は離れて行きました。
でも、そうやって離れて行く人はそういう人なので、こちらも割り切りができます。
一方で、ほめるもけなすも本音で語り合える友人は、今でも大切な関係を保っています。
これからもボクの欠点を指摘してボクを成長させてくれる人をどんどん募集しています。
ボクの事で何を言われても怒ることはありません。
怒りというのは自分のためにではなく、他の人を助けるために、悪に向けるべきものですから。
すばらしい勉強会を開いてくださるHaga(@haga_san2)さんとの出会いに感謝して、この記事を終わります。