文明の記録
あいかわらず本を読み続けています。
だいたい10冊くらいを併読です。
いま読んでいる中の1冊に興味深いくだりがありました。
以前から思っていたコトでもあるんですが。
それは、現在の文明は後世に遺(のこ)るのか、と言うコトです。
人類の歴史を学ぶにあたり、近代など、現代に近づくほど、多くの記録が残っており、逆に古代の記録は少ないため、知るコトが難しいんですよね。
特に、旧石器時代なんかは、文字の発明以前と言うコトもあり、出来事が文字として遺っていないわけです。
だから、どこに何がどれくらいどのように存在するかと言う情報だけで推定するしかありません。
何年に誰が何をしたと言う情報が遺っていないので。
現在の記録
面白いのは、石器時代には石器ばかりが使われていたと言う誤った情報ですね。
確かに多くの石器が発掘されるので、石器が使われていたのは間違いないでしょう。
しかし実は木器も使われていました。
ただ、木器は石器と違って、劣化風化してしまい、遺りにくいんです。
古代に同じ数だけ木器と石器が使われていたとしても、発掘されるのは石器ばかり。
だから石器の時代だと認識されるんですね。
考えてみれば、ボクたちが生きている現在、文書記録の多くは、電子メールやSNS、ハードディスクなどへの記録ですよね。
20世紀の歴史を知るには膨大な量の紙文書を見れば良いんですが、21世紀の歴史を後世の人たちが知るには、電磁的記録を読み込む装置が必要です。
しかも、読み込むデータが、テキストデータなら解釈も早いでしょうけど、バイナリデータなら、それを解釈するのは至難の業です。
そのデータを作ったアプリで読み込まないと、人間には理解できません。
コンピュータにとって意味のあるデータでも人間の目には単なる記号の羅列に見えます。
21世紀の文書やデータの多くがコンピュータのファイルであれば、後世の人には理解できない可能性があります。
紙であれば、一部が破損したり劣化しても内容を読み取れますが、ハードディスクは破損すれば高い確率でデータ全部が吹き飛びます。
その他の電磁的媒体も同様です。
もしかしたら、西暦3000年には、西暦2021年のデータや、ボクのこの文章なんて、跡形も無いのかも知れません。
聖書や古事記は遺るでしょうけど。
つまり、後世には、いまのボクたちの生活は正確に伝わらない可能性があるわけです。