走行税
自動車に関係する走行税が話題になっていますね。
走行距離に応じて支払う税金です。
よく考えたら、ガソリンにはすでに税金が掛かっていて、走行距離が増えるほどガソリンも多く消費するので、ガソリン税と走行税は同じ意味合いなんですが。
でも、今後、電気で走る自動車が増えると、ガソリンの消費量が減るかも知れないため、税の財源を減らしたくない国としては、走行税を考え出すのも無理は無いかも知れません。
税負担は増える
走行税の導入に当たっては当然、反対意見も数多くあります。
昔、日本には、消費税はありませんでした。
じわじわと税率が上がり、今年はついに10%になる予定です。
年金の財源のために支払う年金保険料も、少しずつ上がっています。
医療費にしても、自己負担額は昔は1割。今は3割。
負担額は上がってきています。
たばこ税も上がりましたね。
要は、同じ日本と言う国でありながら、国民が負担する税金や保険料はどんどん上がっているわけです。
なぜでしょう?
日本の国土面積は、埋め立てなどで多少は増えていますが、ほとんど変わりません。
日本の人口は1億3千万人前後をピークに下がり始めました。
この間に起きているコトと言えば、少子化と高齢化ですね。
少子化が進行すれば、現役の労働者の数が減ります。
一方で、日本の制度では、現役世代が高齢者を支える仕組みになっています。
年金も賦課方式と言って、現役世代は高齢世代の年金を支払う仕組みです。
なので、現役世代の数が減って高齢世代が増えれば、負担はどんどん重くなります。
医学の進歩によって、寿命は長くなっています。
つまり高齢者がより高齢化します。
これまでは80歳くらいで寿命が尽きていたのに、今後は、90歳、100歳まで生きる人が増えます。
その人たちは現役世代では無いので、その生活費は、数少ない現役世代が負担するコトになります。
また、日本の国土面積は変わりませんが、建築物はずっと増えました。
同じ数の建築物を維持するのに、人口は減るので、1人当たりの負担は増えます。
人口が減っても国土面積は減らないため、警察や消防や水道などのインフラを減らすわけにはいきません。
1人でも渡る人がいる限り、橋も維持する必要があるのです。
人口減少、高齢者のさらなる高齢化、高齢者の人数比の上昇。
そして国土面積は変化無し。
もう、どう考えても、国民1人当たりの負担は上がります。
財政健全化を謳う財務省の論理が正しいかどうかは別にして、上記の論理から、今後の日本では、国民はどうやっても負担増から逃れられないのです。
逃れるには、急激な子供の増加、もしくは、地方を捨てて都市への集中化ですね。
該当の地域に住んでいる人が聞けば気分が悪いでしょうけど、それでもあえて書くと、例えば、九州や四国や北海道、中国地方、東北地方を捨てて、関東、東海、関西だけに全人口を集中させるのです。
すると、狭いエリアに全国民が集まるので、圧倒的に効率が上がり、コストが下がります。
九州や四国や北海道へ渡るための橋やトンネルを維持するコストも無くなります。
今後、数十年間にわたって、日本の人口は半減すると言われています。
そうなれば、否応なく、そのような政策を進めないと、恐らく維持できないはずです。
半分の人口で同じように青函トンネルや関門トンネルを維持するには、1人当たり2倍の負担になるわけで、それは生活の破綻を意味します。
残念ながら、日本は人類の歴史で誰も経験したコトの無い猛烈な少子化と高齢化を同時に経験している最中です。
日本の姿が、今後の世界の見本になります。
100人いれば、過疎の村としてギリギリ残ったとしても、10人になれば、もはや生活は不可能だと思います。
今後、そんなエリアがたくさん出てきます。
それでも地方活性化を進めるか、思い切って、都市に集中するか。
感情論で言えば、地域活性化はすばらしいですが、全員が生き残るには、ボクは集中化の方が健全では無いかと思っています。
10人の村で警察も消防も水道も機能させるのは不可能ですから。
これを書きながら、答えを見出していないのも事実ですが、財源が無ければ、身動きできないのも事実。
であれば、目先の感情論を捨て去って、生きている人みんなが健全に生きられる道を探るべきなのではと思うんですよね。