包括論
包括とはひっくるめるコトです。
例えば、日本で外国人が犯罪を起こしたら、
だから外国人はダメなんだ
と言う人がいます。
すごく当たり前ですが、外国人と言うのは単に日本人以外を指すのであって、外国人同士に共通点はありません。
イギリス人が犯罪を起こしたからと言って、アメリカ人をひっくるめて、外国人と包括して非難するのは筋違いです。
もし、包括するのが正しければ、日本人が犯罪を起こしたときに、
だから日本人はダメなんだ
と言う必要が出てくるでしょ。
もちろんそんなコトはありません。
日本人が犯罪を起こしたからと言って、他の日本人もダメと言うコトにはならないのです。
世にはびこる包括論
同様の事例は国籍以外にも無数にあります。
修理工が犯罪を起こしたら、修理工を危険視する人。
女性が交通事故を起こしたら女性ドライバーを危険視する人。
そもそも、他人が自分と同じ属性だからと言って、その人と同じ性格を持つなんてありえません。
犯罪を起こしたA氏を調べたところ、精神科に通院しているコトがわかった。
では、精神科に通院している人は危険視されるべきでしょうか?
もちろん違います。
A氏の属性のひとつだけを調べても意味が無いのです。
では、A氏をさらに調べたところ、A氏は毎朝、食パンを食べているコトがわかった。
これならどうですか?
毎朝、食パンを食べている人は危険ですか?
A氏をもっと調べたら、A氏は東京都出身だとわかった。
ならば、東京都出身の人は危険ですか?
人間には様々な属性があります。
その中のひとつだけを抽出して、そのくくりで他の人も同様に危険だと語るのは無意味であり危険です。
同じ属性であっても、大多数の人は、人畜無害に生きているのです。
何か事件が起こったときに、その人物の属性をひとつだけ拾い上げて、
だから●●な人はダメ
と語る人。
頭が悪いですよ。
かつ無意味。
かつ危険。
まともな大人なら、きちんと個別に判断しましょう。
思考放棄せずに。