非天マザー by B-CHAN

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テレビの浅はかなコメンテーターを確実に追放する方法

テレビの浅はかなコメンテーター

 

 

テレビには浅はかなコメンテーターが存在します。

例えば、病院で感染が発生したら、

 

責められるべき

 

などと平気で言うコメンテーター。

 

www.daily.co.jp

 

 

ボクはこれをネットの記事とSNSで知りました。

 

例えば、何か意図的に悪事を働いたのなら、それに対して責められるべき、と言うのは良いでしょう。

でも、懸命にやった結果に対して責められるべきなんて許される発言では無いんですよね。

人間性を疑います。

結果が悪ければ、それに対して、原因を検証して反省し、次は改善につなげるべき、と言う必要があります。

なのに、

 

責められるべき

 

と発言。

もはや、責めるコトを目的化してしまっているわけです。

 

でも、残念ながら昔から、テレビには三流コメンテーターは存在します。

コメンテーターは、自分が現場で働くわけでもない。

コメントするだけ。

だから、結果に責任も負わない。

例えば、コメンテーターのコメントに従って行動して、その結果、何か損害が発生しても、コメンテーターが損害賠償するコトはありません。

そんなコメンテーターは実に無責任な仕事なのです。

 

安全な場所から無責任な仕事をするコメンテーター。

当然ですが、発言も薄っぺらくなりますね。

 

責められるべき

 

と言ったコメンテーターも、過去にさかのぼって、自分が現場で仕事していたら、同じ結果を起こしていたでしょう。

それくらい、当時は情報も少なく、病院関係者ですら、困惑の中で仕事をしていたわけです。

 

それを、単に過去にさかのぼって、安全な場所から、

 

責められるべき

 

と発言するコメンテーター。

薄っぺらいですし、不勉強ですし、無責任ですね。

 

 

テレビのコメンテーターはリスクを負わない

 

 

さて、なぜ、浅はかなコメンテーターが発生するのでしょうか。

それは、視聴者が浅はかだからです。

 

わかりやすい話をしましょう。

料理がおいしくない飲食店があるとしましょう。

多くの人が、

 

マズい、マズい。

こんな飲食店は責められるべき。

 

と言いながら、毎日、その料理店に通い続けたらどうでしょう。

そうです。

その飲食店は大繁盛です。

意味がわかりませんよね。

いくら、マズいマズいと言っても、その店に毎日通い続ければ、その店は存続できてしまうんです。

商売繁盛ですから。

逆に、誰もお客が来なければ、その店はつぶれます。

おいしいとか、マズいとか、そんな発言は関係無くて、その店を利用するかどうかが、その店の存続を決めます。

 

実は、テレビはそんな構造になっています。

 

テレビのコメンテーターやテレビ局に向かって、いくら苦情を言っても意味が無いんですよ。

だって、テレビを見ている時点で、飲食店に通っているのと同じなので。

 

テレビを見ると言うコトは、テレビ局、番組の視聴率を上げるコトに協力しているんです。

そんなテレビに向かって文句を言っても、それは、マズいと言いながら飲食店に通い続けるのと同じです。

 

テレビって既得権ビジネスなんですよ。

テレビのリモコンには1から12まで数字ボタンがあるでしょ。

あれに割り当てられたテレビ局は、毎日、ワンタッチで見てもらえるわけです。

逆に、BSやCSなどは、一手間二手間多くボタンを押す必要があります。

なので、見てもらえる機会は低くなりがち。

1から12に割り当てられるだけで見てもらえる。

多くのキー局はそれに該当します。

かなりの既得権なんですよね。

重要なのは、視聴者がそれに気付くコトです。

いくらテレビ局やテレビ番組やコメンテーターに苦情を言っても効果はありません。

番組を見ている時点で視聴率は上がっているため、苦情が来たところで、テレビ局はダメージを受けないからです。

むしろ商売繁盛です。

これが既得権ビジネス。

現に、飲食店はたくさんつぶれますけど、テレビのキー局は何十年経っても倒産しないでしょ。

マズいと言いながら飲食店に通う客。

苦情を言いながらテレビを見る視聴者。

同じなんですよ。

 

もしあなたがホントにコメンテーターを不快に感じるのなら、あなた自身が、発言と行動を一致させるのが正しい姿勢です。

つまり、マズい飲食店には通わない。

マズい番組は見ない。

番組を見ながら文句を言うのは矛盾です。

 

繰り返しになりますが、テレビのコメンテーターは発言に責任を持ちません。

軽くて無責任な仕事なのです。

 

ボクは、そんな無責任なコメンテーターに協力はしたくないので、きちんとテレビの無視聴を実行しています。

そもそもテレビ自体を持っていません。

日本中の人がテレビを捨てれば、視聴率はゼロになり、テレビの浅はかなコメンテーターを確実に追放できます。

 

今のまま、視聴者が口ではマズいと言いながら喜んでテレビを見る世の中であれば、浅はかなコメンテーターはこれからも商売繁盛でウハウハですよ。

有害で冷たい発言を公共の電波で流しながら、サラリーマンでは考えられない高い収入を得るのです。

 

いかがでしたか?

あなたは、浅はかなコメンテーターに協力している人ですか?

まあ、見ている時点で協力しているわけですが。

 

それにしても親があんな有害で冷たい発言をして子供は悲しまないのかなあ。

 

仕事と言うのはそれぞれ難易度が違います。

文句を言うだけのカンタンなお仕事もありますし、病院の運営のように超絶に難易度の高い仕事もあります。

当然、後者の方がエラーも出やすいです。

なのに、カンタンな仕事の人が超絶難易度の高い仕事の人を責める。

だったら、文句を言っている人が、その超絶難易度の高い仕事をまったくエラー無くこなせばいいのでは?

文句を言うコトを「責任を取る」とは言わないのですよ。

 

「自分はカンタンな仕事しかしないけど、お前は超絶難易度の高い仕事を完璧にこなせよ。できなければ責める。」

 

と言っているわけです。

あきれますね。

 

と言うわけで、浅はかなコメンテーターに苦情を言う必要はありません。

時間と労力のムダですし、商売繁盛でウハウハにさせるだけです。

むしろ、スルーすればいいのです。

視聴率ゼロに。

そうすれば、テレビから消えますし、テレビも消えます。

 

そして、感染その他のリスクを減らすために、まともな思考の人たちで、建設的な議論をしましょう。

 

責めるコトを目的化する人なんてジャマなのです。