非天マザー by B-CHAN

iPhoneの使い方、IT、金融、経済、不動産、保険、ビジネス、音楽、映画、ニュース、自己啓発などを語ります。

持ち家

扇動

 

 

今でも日本人の多くには持ち家幻想があります。

一国一城の主。

マイスイートホーム。

高度経済成長期に、国家が国民を煽りました。

学校を出て、就職して、ほどほどの年齢で結婚して、自宅を購入する。

そのようなワンパターンで無個性な生き方こそが立派だと。

そして多くの大衆はそれに乗せられて生きました。

多くの人が数十年の住宅ローンを抱え、通勤地獄に耐えながら、30代40代と言う、人生で一番元気な時期を消化していきました。

 

ボクは銀行や生命保険、不動産ファンド、不動産管理などの業界を経験してきて、上記のようないわゆる国に煽られ型の生き方とは全然違う人生を歩んで来ました。

他人がサボったり寝てる間もずば抜けて勉強して難関大学に入り、巨大な銀行に就職しました。

で、そこから転職の嵐。

当たり前ですが、ひとつの世界と数多くの世界を経験する人とでは、経験値が全然違います。

井の中の蛙になると、悪い面に気付かなくなります。

今の職場でも生え抜きの人が何人かいますが、全然おかしさに気付いてないんですよね。

ボクが就職したとき、瞬時におかしさに気付いたので、それを伝えても、

 

会社批判だ!

 

のひとこと。

世の中的には違法でも会社の文句を言うな、と。 

ダメだこりゃ。

ボクが会社から距離を置いている理由です。

 

 

経験

 

 

引っ越しもそうなんですよね。

ボクはとにかく関西や関東を転々としています。

よく、関西人は東京人を冷たいと言い、東京人は関西人をセコいと言います。

あんなのは無知な人たちのイメージに過ぎません。あるいはマスコミからマインドコントロールされてるだけです。

真実を知る方法はひとつ。

実際にどちらにも住んでみればいい。

実際に住んだボクが言いますよ。

冷たいとかセコいとかは人それぞれの問題であって、土地の問題では無い。

そう言うことです。

 

政府やマスコミからマインドコントロールされて生き方や考え方を決めてしまう大衆。

自分の意思では無く他人の意思で自分の人生を決めているわけです。

 

銀行、保険、不動産ファンド、不動産管理などの経験を踏まえて言えば、何度考えても持ち家を買うことは割に合わないんですよね。

まあそれでも持ち家を持つことがステータス、みたいなトンチンカンな作られた幻想に従って生きるのも自由ですが。

 

先日、賃貸マンションに長年住んでいた男性が退去したので、その処理をしてきました。

高齢で長期入院するため、自宅が不要になったそうです。

でも、親族の方々は葬式の話をしていました。

持ち家であろうが賃貸であろうが、そんなモノにステータスなど無く、そうやって人生の最後を迎えるんだなあ。

 

 

新幹線の中で書く遺言

時間と効率性

 

 

B-CHANです。

 

新幹線の中でこれを書いています。

今日もまた名古屋に向かってます。

出発時の横浜は雨でしたが、向こうはどうでしょうか。

 

ボクは時間を大切にする人間で、とにかく効率良く時間を使うことを考えています。

例えば今の勤務先のメールはクラウド型なので、職場にいなくてもスマホで読み書き可能です。

ITに慣れたボクは真っ先にそのような環境を構築し、電車での移動中にもクラウドを活用して仕事をどんどんこなします。

業界的には遅れている不動産業界なので、先に入社した人たちの大半は時代遅れです。

知識が不足しており、結果として仕事にも時間がかかっています。

例えばその人が外出先から電話を掛けてきて、

 

「悪いけど、私のパソコンを開いてメール見てくれない?」

 

ね、信じられないでしょ。

 

他人のパソコンにログインしてメールを見る。

もう、セキュリティもコンプライアンスもありません。

しかも、他人の時間まで奪う。

非効率の極みです。

仕事が速くて正確な人とそうでない人との違いはそうやって生まれるんですよ。

 

新幹線で移動する間に眠る人。

夜に寝てないんですかね?

暇つぶしに寝るんでしょうか?

 

 

時間とは命そのもの

 

 

時間を大切にする人は、時間の意味に気付いている人です。

人生の長さは50年とか80年とか年数で言いますよね。

つまり、それって時間の長さなんですよ。

 

人生 = 命

 

この定義をわかっていない人はカンタンに「ヒマつぶし」をしてしまうわけです。

残りの人生つまり時間は有限であるにも関わらず、わざわざそれを無意味に減らすんです。

それがヒマつぶしです。

 

もし、あなたがあと

24時間しか生きられないとしたら。

1時間ほどヒマができたので寝よう、と思いますか?

まさにそのことです。

日本では毎年、およそ100万人が亡くなるので、毎日3000人ほどが亡くなる計算です。

日本人のうちの誰か3000人が100%の確率で明日亡くなるわけです。

ボクかもしれません。

あなたかもしれません。

あなたの家族かもしれません。

 

最後の1日を大切に過ごしておけば良かったな。

その、最後の1日が今日である人が3000人いますし、明日も別の3000人、あさっても別の3000人が当てはまります。

誰なのかは誰にもわかりません。

 

そう思えば、寝てるヒマなんて無いですよね。

有限な命をムダに削る行為。

生きる上で睡眠は必要ですが、それは本来の睡眠時間として確保すればいい。

 

ヒマだからと言う理由で残りの命を削ることは無いんです。

ヒマなら本を読もう。

何かを書こう。

誰かに親切にしよう。

何かを生み出そう。

生きた証を残そう。

 

もしこの新幹線が事故を起こしてボクが死んだら、この文章が遺言ですよ。

 

 

素人に玄人を教える

クラウド 

 

 

ヤバい。

INTEGRA-7を衝動買いしそうな心情です。

 

 

 

 

158,000円なので、買えないこともないですが、果たして。

 

そんな話ではなく、クラウドの話です。

タイトルは単なるダジャレなので気にしないでください。

 

ここ数年の世の中でもっとも進化したことと言えばクラウドの普及ですよ。

クラウド。

でも、根本的にクラウドの利便性を知らない人もまだまだたくさんいます。

例えば、街中にスマホを使っている人がいますが、大半の人は、単なるガラケーの進化版。

 

 

真のクラウド

 

 

スマホを使っているのにキャリアメールを使ってるんですよ。

キャリアメールと言うのは、

●●●@docomo.ne.jp

●●●@softbank.ne.jp

●●●@ezweb.ne.jp

などです。

要するに、ドコモやソフトバンクやauが携帯電話用に割り当てるメールアドレスです。

それをスマホで使っているわけです。

意味無し。

キャリアメール宛てにメールを送るとスマホにメールが着信しますよね。

でもそれってスマホだけでしか見ることができません。

パソコンやタブレットで見ることができないんです。

 

ボクは8年前ほど前にキャリアメールをやめました。

クラウドメールの代表格であるGmailに切り替えたんです。

Gmailを使えば、スマホでもパソコンでもタブレットでも同じメールアドレスを共用できます。

もちろんどの端末も同じ状態。

パソコンで送信したら、スマホでも送信済みになっています。

クラウドはあくまでもネット上にあるコンピュータなので、そこに状態が保存されれば、各端末をネット経由でそこに接続すれば、状態を同期させることができるんです。

 

だから、メールをスマホに送ってもらったりパソコンに送ってもらったりする使い分けは不要。

メールが来ないと思って聞いてみたら、

 

あ、パソコンの方に送っておいたから。

 

なんて、トンチンカンなやり取りも無くなります。

 

この先、クラウドが究極的に進化すれば、スマホに何かを保存する必要は無くなります。

すべてクラウドに保存しておいて、スマホは単にそこに接続するだけ。

写真を撮ったらすぐにクラウドに保管。

メールもクラウドに。

住所録もクラウド。

音楽もクラウド。

とにかく何でもクラウド。

 

その最大のメリット、わかりますか?

そうです。

スマホを紛失しても、データを一切、失わずに済むのです。

何せデータはすべてクラウドにあるので。

 

スマホを紛失して、別のスマホを買ってきたら、クラウドにログインするだけ。

あっと言う間に、写真もアドレス帳も音楽もメールも復活です。

 

紛失を恐れる必要が無くなります。

紛失した方のスマホもパスコードや指紋認証でログオンしない限り、中身を見られることがありません。

 

つまり、クラウドの進化によって、超絶安全な世の中がやって来るのです。

一元管理の便利さと高度な安全性。

 

それが本来あるべきスマホの使い方のはずなんですね。

 

でも、現状では、単にガラケーの代わりにスマホを使っている人がまだまだ多いですね。

 

ボクはこうやって素人にクラウドを教えています。

 

IT業界出身者でもキャリアメールを使っている人、まだまだいますよね。

メンバーがみんなクラウドを活用してくれたら、仕事もやりやすくなるんですけど。

外出先でのデータの共有化とか。

 

このブログを読んでいる人の中で、もしクラウドの便利さを知ってみたい人がいれば、ボクを呼んでください。

コンサルティングに行きますから。

 

 

 

成長するために

注意

 

 

人には誰でも得意不得意があります。

仕事をする上で、あるいは生きていく上で、得意があれば有利になりますし、不得意があれば不利になります。

誰もが不得意を潰していく努力をするのが望ましいのです。

そうすれば、本人にも有利になりますし、他の人の役にも立って、みんなが幸せになれるんです。

 

どの会社でも上司に対するグチを言う人がいます。

ボクのとある同僚も、別の上司から、毎日のように間違いを指摘されたり、仕事のやり方について注意を受けています。

そして彼は、その場では、はい、はい、と言うんですが、一向に直りません。

上司がいない場所では、グチを言ってるんですね。

 

 

グチと成長

 

 

上司は、ボクの目から見れば非常に優れた人で、とにかくロジカルシンキングをしっかりでき、間違いを見抜く目を持った人です。

だから、よく間違える部下には的確に注意します。

よく間違える部下から見れば、頻繁に注意されるので、うっとうしいわけですね。

 

しかし、ボクから言えば、それは完全に上司が正しいのです。

冒頭で書いたように、不得意を放置しておけば、仕事にも支障が出て、自分にもみんなにも良くないのです。

だから、それを直して欲しい一心で上司は注意するんですね。

つまり、上司からの注意は、みんなを幸せにするためのツールなんです。

 

しかし、それに対してグチ。

部下本人は、あくまでも上司に不満を持っています。

その考え方は良くないんですね。

自分が正しくて相手が間違っていると言う考え方。

そうすると、自分はずっと変わらないわけです。

何せ自分が正しいと思っているわけですから。

成長しないんです。

 

大事なのは受け入れる精神。

注意されて不満を持つのでは無く、注意してもらって感謝できる心。

なぜなら自分を良くしてくれるからです。

自分が良くなれば、周りからの評価も上がります。

仕事も得意になり、全体がよりうまく回ります。

 

部下が上司へのグチを言う場面は全国の職場での定番だと思いますが、ボクに言わせれば、その時間こそが人生のムダ。

グチを言っているヒマがあるなら、自分を成長させる時間を持ちましょう。

 

ん?

これ、過去にも書いたような。

まあ、それくらい大切なことなんです。

 

 

ラーメンとつけ麺

ラーメン

 

 

ボクの人生で最大の趣味と言えばスノーボードとラーメン。

スノーボードは冬だけですが、ラーメンは年中。

 

ラーメン評論家と言う職業の人は年間500杯とか1000杯食べるようですが、ボクはせいぜい年間200杯程度。

あくまでも趣味レベルですね。

趣味レベルですが、周りにはさすがに年間100杯とか200杯もラーメンを食べる人はいないので、それなりのヘビーな趣味ではあります。

 

ボクのポリシーは、ラーメンを愛すること。

 

実は、周りにラーメン好きを名乗る人は多いんですが、意外と、

 

あの店のラーメンはクソマズい

 

とディスる人が少なくないんですね。

ボクは今までにマズいラーメンと言うモノに出会ったことがありません。

もちろんラーメン屋によって格差はあります。

しかしその格差は、「おいしい」の中での格差にすぎません。

 

100点を最高においしい、マイナス100点を最高にマズい、そして0点を真ん中とします。

クソマズいと言う人は、マイナス点を与えてるんですよね。

ボクは違います。

今までで一番点数が低いラーメン屋さんでもプラス点です。0点以下にはなりません。

あくまでも、1点から100点の中での格差です。

おいしい範囲での格差であって、マズい範囲にはならないのです。

 

それくらいラーメンを愛しています。

 

 

 

 

あと、重要なことなんですが、ラーメンの主役は麺です。

ラーメン好きを名乗る人や雑誌やマスコミの評論を見ていると、とにかくスープやチャーシューや玉子について語ることが多くて。

豚骨スープや海老スープ、魚介スープや味噌スープ。

肉厚のチャーシュー。

とろけるような黄身の玉子。

ボクから見れば、スープや具材はオマケです。

ボクは最近、つけ麺にチカラを入れているんですが、その理由が麺。

つけ麺の場合、スープに浸ける前の麺を食べることができます。

必ず一口目は麺だけを口に入れるんです。

それによって、麺の純粋な小麦の味、固さ、匂いを感じ取ることができます。

ホントにおいしい麺はスープが無くても具材が無くてもおいしい。 

例えばこれ。

豚骨 一燈

 

 

もう、感動の嵐でしたよ。

麺がすばらしすぎて、チャーシューやネギや玉子や魚粉やメンマやスープが負けています。

それぞれのパーツのレベルは高いんですが、麺がずば抜けて良すぎるために、相対的に他のパーツが見劣りするんですね。

 

よく、伝統や自家製であることを売りにする店がありますが、そんなのはどうでも良いんです。

大切なのはおいしさ。

味ですよ、味。

伝統があっても自家製でも味が見劣りする店には足を運びにくくなります。

特に伝統なんてどうでもいい。それどころか有害だったりします。

過去の味にとらわれて、より高みを目指す努力を忘れているわけですから。

自家製麺にこだわる理由もわかりません。

人気の店はたいてい、麺は専業の麺業者から仕入れています。

つまり、ラーメン、つけ麺のおいしさの肝は製麺所が握っているんですね。

ラーメン屋さんはあくまでもアレンジャー。

 

最高の麺に合うスープや具材は何か。

そのアレンジの上手さでラーメン屋さんの出来は決まります。

 

ボクは店に足を踏み入れ着席すると、まずは水を一口飲みます。

口の中をニュートラルにするためです。

なので、ラーメンが来る前にとにかく水を一口。飲み過ぎると舌が冷えて味が麻痺するので、あくまでも一口。

そして、麺だけを口に。

その後にスープとともに麺を。

 

空腹であれば、ラーメン以外の料理も注文することもあります。

餃子とかチャーハンとか。

でも、ラーメンを口に入れる前に餃子やチャーハンを口に入れることはありません。

あくまでも主役はラーメン。

もし、ラーメン屋さんを名乗るのなら、ラーメンよりも先に餃子やチャーハンを持ってこないで欲しいですね。

 

こんなふうに、ボクのラーメン生活は他の人から見れば面倒なんです。

だって趣味ですから。

 

なお、上記の写真は小岩にある「豚骨 一燈」と言う店です。

そうです。

食べログのラーメンカテゴリで全国1位を争う新小岩の超人気店「麺屋 一燈」の姉妹店です。